2007年2月24日土曜日

【-1日目】東京ー函館

【-1日目】東京ー函館 04.09.17(金)
連休を利用して一挙に北海道を乗りつぶしに。切符は「北海道周遊切符」10日間¥28000を使用。

寝台車も青森発の夜行急行も取れず、新幹線ー特急で行くことに。1556東京駅発「はやて」。席に着くと年配の男が「これは八戸にえぐのかね」と聞いてきた。これですっかり旅のムードに突入。

1734仙台着、日が暮れる。1855八戸着。「スーパー白鳥」に。駅で駅弁、「菊ずし」¥1050。笹にくるんだ小寿司。「モンド賞」受賞とあるが外国人審査員はこれをいかにして評価したのだろうか。

2000青森着。ここでほとんどの客が降りる。東京ー青森わずかに4時間。席の向きを逆に。あっという間に「中小国」(JR東日本とJR北海道の境界駅)を通り過ぎ、青函トンネルへ。2154函館着。
ここまで6時間。東京から函館まで6時間で来られるのだ。

先生は札幌まで飛行機、札幌から釧路行き夜行鈍行「からまつ」のB寝台である。普通列車の寝台とはうらやましい。

私の方は函館駅前のホテル、ようやく二軒目で部屋を確保。¥6300。連休初日のせいか混んでいる。東京は30℃あったが、北海道の気温は涼しい。


コンビニで「ライトマップル北海道」30万分の1地図を購入。大きさといい縮尺といい今度の旅にぴったり。併せてルートを書き込んでいくマーカーも仕入れる。

■基本計画


新潮文庫版経路地図

■基本計画

『宮脇俊三「最長片道切符の旅」を訪ねる旅 昭和53年を旅する』企画です。先だって放送されたNHKの「列島縦断・最長片道切符の旅」はコンピュータで計算した現在の最長片道です。この放送を見終わって改めて宮脇さんの本を読んでみました。そしてこの昭和53年度版のルートをそのまま忠実にたどってみたいと思ったのです。その当時、最長片道ルートは紙と鉛筆で計算されていましたが、その芸術的なルート(豊橋から会津若松まで戻る驚愕のルート)は今見ても美しい。この本は昭和53年冬に旅をした記録です。現在、残念ながらその多くの路線は廃線か第三セクター化しています。そこも丹念に忠実に追いかけて30年間の時の動きを追ってみたいと思います。

計画は着々と進んでいます。昭和53年10月の時刻表も手に入れました(ちゃんと売ってるんだよ。1800円でした)。0日目(北海道のスタート地点、広尾まで一日かかる)から9日目(米沢)まで詳細な追っかけ計画も立てた。全線一気に踏破するのは無理なので、ブロックごとに少しずつ回っていきたい。季節も同じ秋から冬の時期に回ってみたいと思います。

残念なのが片道切符の旅の象徴である「片道切符」が買えないことです。ま、ルートは廃線や三セクでずたずたですからね、しょうがないんだけど。でも、その分「周遊券」や「18切符」をフルに活用できる利点もあるし、有効期間に縛られる心配もなくなった。ブロックごとに乗っていきます。

先ずは北海道から。9月の連休に回ってこようと思い寝台特急北斗を申し込んでおいたのだが、これが見事に満席で取れず、押さえで翌日のJALを予約した。でも、「最長片道切符の旅」は出来れば汽車で出発したいもの。新幹線で青森に出て、青森発夜行急行「はまなす」を使うかな。(結局、はまなすも取れず)

[2004.9.28]------------------
9月17日夕刻から26日まで10日間、「最長片道切符の旅を訪ねて」第0日から9日目までを踏破してきました。連日、始発から18時過ぎまで鉄道とバス。北海道・広尾からスタートして北海道を制覇、青函連絡船で青森へ、花輪線、五能線、米坂線を経て米沢まで。いや、先は長いわ。詳しいレポートはおいおい書きます。

今回は(1)踏破したルートを地図帳に克明に記入、(2)毎食事をデジカメ記録、(3)毎時、現在いるところを記録 というルールを立てて旅行しました。これがけっこうおもしろかった。特に一時間ごとにその時見えていたものをデジカメに撮っていきましたが、これが後で見るととても新鮮。この写真も後でアップします。 

行きはやっぱり寝台車が取れず、17日1556発「はやて」八戸>「スーパー白鳥」函館2154着。6時間で東京から函館へ。これってけっこう早いんじゃないですか。

[2005.1.15]-----------------------------------
11月28日現在、「我孫子」まで踏破ずみ。
 
[2005.2.1]------------------------------------

1月29日、「我孫子」から「蘇我」まで踏破。これから首都圏の網の目迷路に突入する。
 
[2005.10.21]-----------------------------------
前回は「蘇我」から「赤羽」、「赤羽」から「新宿」(おいおい、新宿かよ)まで。今日は「新宿」から「西国分寺」経由「南浦和」まで。ここまで17日目。
 
[2006.1.15]------------------------------------
18日目、「南浦和」から高崎線「倉賀野」、八高線「拝島」を経て五日市線「立川」まで。首都圏はまだまだつづく。いやだなあ。
 
[2006.2.21]
19日目 立川ー尻手ー浜川崎ー鶴見ー品川ー代々木ー御茶ノ水ー神田ー秋葉原ー錦糸町ー東京 やれやれこれでようやく東京圏が終わった。次回からは西へ向かうぞ(でもすぐ帰ってきてしまうんだけど)。
 
[2006.3.15-17]
20日目 東京駅から新幹線で小田原ー熱海ー沼津ー国府津ー茅ヶ崎ー橋本ー八王子ー甲府(泊)

21日目 甲府ー富士ー静岡ー掛川ー(天竜浜名湖鉄道)ー新所原ー豊橋ー飯田ー上諏訪(泊)

22日目 上諏訪ー小渕沢ー小諸ー軽井沢ー(バス)ー横川ー高崎

[2007.2.24] 現在までの踏破ルート 
23日目 高崎ー小出ー只見(泊)

24日目 只見ー新津ー新発田ー新潟ー柏崎ー宮内ー越後川口ー森宮野原(泊)

25日目 森宮野原ー豊野ー直江津ー糸魚川ー松本ー名古屋

26日目 名古屋ー亀山ー松阪(泊) 名松線完乗

27日目 松阪ー和歌山ー(和歌山市)(泊)

28日目 和歌山ー高田ー奈良ー大阪ー京橋ー木津ー加茂ー柘植ー草津

[2007.4.6-7]
29日目 草津ー山科ー近江今津(泊)

30日目 近江今津ー近江塩津ー米原ー岐阜

■旅の始まり


宮脇俊三「最長片道切符の旅」新潮文庫
 
オリジナルは1978年(昭和53年)の旅。出発は北海道・広尾、到着は鹿児島・枕崎、34日間の旅でした。現在、その最長片道ルートのいくつかは廃線となり、新幹線も延長されました。その「最長片道」を追い掛けて、四半世紀の時の流れも追ってみたい、というのがこの旅です。2004年から休みを使って北海道広尾からスタート、バスやJR,第3セクターを使って旅を続けています。連続して旅行が出来ないので「最長片道切符」を使わない細切れの最長片道切符の旅です。

1978年(昭和53年)当時、JRはまだ国鉄でしたし、新幹線は博多まで、ワンマンカーもありません。北海道へは青函連絡船で、また宇高連絡船、仁堀航路があったので、今では最長片道ルートには入らない四国のルートも入っています。信越本線は横川ー軽井沢間でしっかり繋がっていたし、北海道では多くのローカル線がまだ稼働していた。当時、ケータイもパソコンも青春18切符もありませんでした。この旅はほぼ30年前の日本の姿を訪ねる旅でもあったのです。

2007年2月現在
28日目 広尾ー草津まで ちょうど半分。

自己紹介

自分の写真
「乗り鉄」です。始発からずっと乗りっぱなし。泊まりはたいてい駅前のビジネスホテル。泊まったところでおいしいものを見つけるのが楽しみ。 路地裏旅行社 http://www.kanshin.jp/rojiura/